大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和56年(行ウ)13号 判決

原告

森照雄

外一〇名

右原告ら訴訟代理人

清水正雄

清水隆人

被告

文部大臣

瀬戸山三男

右訴訟代理人

国武格

右指定代理人

堀江憲二

外五名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1被告が昭和五六年三月一九日、文部省告示第四〇号をもつてなした文化財保護法に基づく史跡指定地域について別紙物件目録記載各土地に対し史跡地域を追加した処分はこれを取り消す。

2訴訟費用は被告の負担とする。

二請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一請求の原因

1被告は、昭和五六年三月一九日、文部省告示第四〇号を以て、文化財保護法に基づく史跡指定地域について原告ら所有の別紙物件目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)に対し史跡指定を追加する処分(以下、「本件処分」という。)をなした。

2本件処分は、以下の各点で違法である。

(一) (財産権の侵害)

(1) 本件各土地は連続した市街化区域であつて、当然開発可能な場所であり、原告らは近く本件各土地を正当な手続によつて宅地造成すべく計画を進めてきた。

(2) 本件各土地を含む一帯は、もと西日本不動産開発株式会社(以下、「西日本不動産開発」という。)の所有であつたところ、同社は昭和四五年ごろ右土地を開発造成し、水城団地を造つた。

(3) その際、本件各土地は法面を含む小山として残存し、現在その真下まで新興住宅街が発展して来ており、右住宅街の住民のために本件各土地につき崖崩れを防止するなど、防災工事の必要に迫られている。

(4) ところが、本件処分は、本件各土地のうち、法面部分は指定から除くことにより崖崩れによる危険負担は全面的に原告らに負わせ、他方実際に使用しうる部分はすべて史跡に指定することにより、原告らの土地利用を全面的に妨害し、原告らの所有権を著しく侵害するものであり、文化財保護法七〇条の二第一項ひいては憲法二九条一項に違反し無効である。

(二) (内容不特定等)

本件処分は、所有者たる原告らの立会なくなされ、またその境界を示すべき標識もなく、どの部分までが指定されたのか全く不明であるし、所有権者の立会いなく指定することは後日紛争を生ずる原因を作出することになり、文化財保護法四条三項、六九条、七〇条の二等の法意に違反し無効である。

(三) (指定権限の濫用)

(1) 本件各土地上の一部には、大宰府町所有の水道供給設備の工作物が存するところ、本件各土地は前記のように危険な状況であるのに、大宰府町は本件各土地を利用しながら何らの防災措置もせず一〇年以上も経過しているので、原告らは防災工事をなすため右水道供給設備の撤去を申し入れた。

(2) これに対し、太宰府町は、昭和五六年五月八日、原告田島義松、同興座祐正、同坂本秀雄、同徳安和敏、同田中宗陽及び同森照雄を相手に地上権確認請求訴訟を当庁に提起した。

(3) しかるところ、本件処分は、被告が太宰府町と共謀し、右訴訟を有利にするための手段としてなされたものであるから無効である。

(四) 福岡県は、当時西日本不動産開発の常務であつた芦刈宏に対し、本件各土地については史跡指定処分をしない旨言明していた。原告らは右言明を信じて本件各土地を譲り受けたものである。それにもかかわらず被告は本件処分をなしたものであるから、本件処分は無効である。

(五) 原告らは被告より本件処分の通知を受けておらず、本件処分は原告らに対し無効である。

3よつて、原告らは、本件処分の取消しを求める。

二請求原因に対する認否及び被告の主張

1請求原因1項の事実中、本件各土地のうち別紙物件目録5記載の土地は存在せず、同目録1及び2記載の各土地は追加指定地域外である。被告が、その余の土地のうち同目録4及び6記載の各土地のそれぞれ全部について、同目録3及び7ないし18記載の各土地のそれぞれ一部について本件処分をなしたことは認める。

本件処分は適法であり、その経過は次のとおりである。

(一) 大野城跡については、昭和七年七月二三日、旧史蹟名勝天然記念物保存法により「大野城阯竝四王寺阯」として史跡に指定され、以来研究の進展に伴い大野城と四王寺との関係に関する知見が改まつたこと、及び大宰府との関係でその重要性が認識されたことに伴い、まず昭和二八年三月三一日、文化財保護法により「大野城跡附四王寺跡」への名称変更及び特別史跡指定が行われ、次いで大野城の大宰府との関連における遺跡としての範囲が明らかになり、四王寺は大野城の内に含まれる一施設として把握されるに至つたことに伴い、昭和四五年頃から保存を必要とする地域の追加指定の準備を行つて、昭和五一年一二月二二日、「大野城跡」への名称変更及び追加指定が行われた。

右追加指定は、大野城が防禦施設として水城、基肄(椽)城と一体的に大宰府を守るに必要な地域を城域としていたことに基づきその範囲を保存する目的によるものであつたが、地元の地方公共団体及び地元住民等の事情により、城域のうち宇美町及び大野城市に属する区域に限つて行わざるをえなかつたため、城域のうち大宰府町に属する大宰府政庁跡と接続する区域、水城と接続する区域等の保存については、さらに福岡県教育委員会及び大宰府町教育委員会において準備を進めることになつた。

(二) 通常、史跡の指定・追加指定(以下「史跡指定等」という。)の準備は、まず文化庁及び関係地方公共団体において、遺跡の範囲を基本としつつ、現況、遺跡・地形の残存状況、保存のための必要性等を勘案して史跡指定等の予定地域を設定し、次いで当該地方公共団体においてその地域内の関係住民等に遺跡の意義、保存措置の内容等について理解を得るために説明会等を行い、概ねその了解を得られたと考えられる段階で史跡指定等の予定地の線引きを確定し、文部大臣に対して必要な資料を申請書の形で提出するという手順で進められる。

もとより、右の手順における関係住民特に土地所有者等の了解及び文部大臣への申請は、法律上、史跡指定等の要件ではなく、法律の運用に当たり、史跡指定等の処分と財産権との調整の視点から行う行政上の措置である。

(三) 太宰府町の区域に係る大野城跡の追加指定(すなわち本件処分)の具体的な準備は、昭和五四年から文化庁及び福岡県教育委員会の指導の下に太宰府町教育委員会によつて着手されたが、その作業の経過は次のとおりである。

(1) 太宰府町教育委員会においては、まず、追加指定の範囲を原則として大野城跡本来の地域のうち原地形を保つている部分とすることとした。

この原則に従つて本件訴訟の対象とされている地域周辺については、大野城と水城との接続点をなす重要な部分であるため、原地形は、西側部分で昭和四五年頃のいわゆる水城団地造成によりかなり改変を受けていたが、大野城跡中核部から派出し水城に連らなる尾根の稜線は保たれており遺跡全体としての旧状は十分残つていたので、団地造成による地形変更を受けていない地区が追加指定の範囲とされた。

(2) 右のような原則に従い追加指定予定地域が設定されたため、太宰府町教育委員会ではその地域内の関係住民に対し、昭和五四年九月から、観世音寺、水城、国分、坂本、松川(まつごう)、三条、連歌屋(れんがや)、新町、五条の各地区単位で追加指定の説明会を行つた。各地区ごとの説明会の期日は次のとおりである。

観世音寺地区 昭和五四年九月一八日

水城地区   同 年九月一九日

国分地区   同 年九月二一日

坂本地区   同 年九月二五日

松川地区   同 年一一月一四日

同 年一一月二六日

昭和五五年三月二五日

同 年一二月二四日

三条、連歌屋地区 昭和五四年一一月一五日

新町、五条地区 同 年一一月一六日

各地区ごとの説明会のあと地区住民との話し合いは、各地区の区長が窓口となり、個人単位で続けられ、そのため各地区の間の連絡調整のための区長に対する説明会を、昭和五四年一〇月二日、昭和五五年七月一四日及び同年八月一〇日に行つた。

(3) このような地区住民に対する追加指定の説明等を続けているとき、本件訴訟対象地域の東側に隣接する追加指定予定地域において、昭和五五年三月末、土地所有者の依頼を受けた原告森照雄による果樹園造成を名目とする土地造成工事がはじまり、大野城と水城の接続点の尾根が破壊されるおそれが生じたため、太宰府町教育委員会においては、原告森照雄等に対し追加指定の計画等を説明し、工事の中止について協力を求めるため交渉をくりかえした末、結局町で当該地を買収することで工事を中止させたが、この間本件訴訟対象地域の東側の尾根をはさんで反対側斜面は大きく削平されてしまつた。

(4) このような予想外の開発計画におびやかされながらも追加指定についての地元住民に対する説明とその理解を得る作業は進められ、概ね全体的な了解が得られた昭和五五年六月以降、太宰府町教育委員会は土地の所有者の追加指定に対する理解を確認するための「史跡指定承諾依頼書」を送付し、承諾書を回収する作業を開始した。

本件訴訟対象地域はこの時点では西日本不動産開発が水城団地の造成残地として所有しており、福岡県教育委員会は従来から同社に対しこの地域が保存の対象となることを説明してきていた。これに対し、同社では、むしろ特別史跡の追加指定地域に加えてほしい旨申し入れていたものであり、同地域が追加指定されることを了解していたものである。

(5) 太宰府町教育委員会は、土地所有者の了解が得られつつある状況とあわせて、文化庁及び福岡県教育委員会の指導の下に最終的な追加指定範囲の案を定め、その地域に関する図面、資料等を追加指定申請書の形をとつて、昭和五五年一〇月八日付で、福岡県教育委員会を経由して文部大臣に提出した。

なお、本件訴訟対象地域周辺における追加指定範囲案においては、前記3の造成工事が行われた部分については、既に原地形をとどめぬまでに削平されてしまつていたため、残された尾根の稜線を保全するために必要な若干の部分を除いて、当初前記1の原則に従い設定されていた範囲から除外することとされた。

(6) 以上のように、太宰府町教育委員会は、本件処分のための準備の措置を積み重ね、ほぼそれを完了したうえで必要資料等を文部大臣にあてて提出したが、その後、本件訴訟対象地域については、西日本不動産開発により昭和五五年一〇月九日以降数次にわたつて分筆が行われ、同年一二月一七日、原告らへの贈与が行われたものである。

(7) 文化庁では、以上のような地元における準備と並行的に手続を進め、昭和五五年九月二六日文部大臣から文化財保護審議会に追加指定につき諮問し、同審議会は、その下部組織である第三専門調査会に専門的立場からの調査審議を行わせたうえ、同年一〇月二四日、文部大臣に対し追加指定が適当である旨答申した。文化庁では、太宰府町教育委員会からの資料をもとに具体的な指定の準備を進め、文部大臣は昭和五六年三月一九日付けの官報に告示して本件処分を行つた。

2(一) 同2項(一)(1)の事実中、本件各土地のうち別紙物件目録4及び5記載の各土地以外の各土地が市街化区域に含まれることは認め、その余は知らない。

同項(一)(2)及び(3)の事実は知らない。同項(一)(4)の事実のうち、本件各土地のうち造成により原形の失われた法面については本件処分の指定対象外であることは認めるが、その余は否認する。

前述したとおり、本件処分の範囲は、原則として、宅地造成等により原地形を失つている区域を除く地域としたため、西日本不動産開発による水城団地の造成により生じた崖面は指定対象外とされ、そのため、一筆のうち一部が指定地域に入つた土地が生ずる結果となつたに過ぎず、それ以外の意図はありえない。このような崖面における危険防止の措置は、史跡指定の有無にかかわりなく土地所有者の責任であり、本件処分により「危険負担」が原告らに生じたかのごとき主張は失当である。

史跡の指定処分そのものは、対象となつた遺跡の歴史的重要性や保存の必要性を確認する行為であり、指定の結果、指定地域内における現状変更等については文化庁長官の許可を必要とする(文化財保護法八〇条)こととなるが、そのことが直接原告のいう「土地利用の妨害」に該当するともいえないし、まして現状変更等につき許可が必要となるということをもつて史跡の指定処分が違法無効となるものではない。

同法七〇条の二の規定は、この規定を具体化、個別化するような制度(たとえば土地所有者、鉱業権者等の関係者の同意や聴聞手続等)が定められていないこと、同条の文言が抽象的な表現であり指定を行う者に具体的な行政上の義務責任を生ぜしめるものとは解されないことから、史跡等の指定を行うに当たつての文部大臣の一般的な心構えを述べたいわゆる訓示規定と解すべきであつて、同条から直接に違法、無効の問題を生ずるものではない。

憲法二九条一項は、「財産権はこれを侵してはならない」旨規定しているが、これが財産権を神聖不可侵なものであることを認めた規定でないことは同条二項、三項において財産権に対する制限及び財産権制限に応ずる補償が規定されていることから明らかである。史跡等の指定及びそれによる現状変更等の制限の制度は文化財の保護という全国民的な公益のために文化財保護法によつて定められているものであり、この制度による財産権に対する規制は、憲法二九条に違反するものではない(大阪高判昭和四九年九月一一日・判例時報七六六号三五頁、その上告審たる最判昭和五〇年四月一一日・判例時報七七七号三五頁参照)。

本件処分に当たつては、法律上必要とされてはいないが、地区住民に対する説明、協力要請あるいは承諾依頼、承諾書の回収等が行われたことは前述したとおりであり、文化財保護法七〇条の二によつて求められる行政の推進に当たり一般的に留意すべき財産権等の尊重についても適切な措置をとつたものであることはいうまでもなく、憲法二九条にかかわる問題を生ずるものではない。

(二)  同項(二)の事実中、本件処分について原告らの立会のなかつたことは認める。

本件処分についてその範囲決定等に関し行われた準備作業中所有者の立会は行つていない。しかし、本件処分の追加指定地域については官報告示(文化財保護法六九条三項)及び太宰府町役場への掲示(同条四項)を行つて明示しており、現地における境界標識等は、史跡等の保存のために必要な管理上、管理団体又は所有者が設置することとされてはいる(同法七二条、七五条)が、史跡の指定等の法律上の要件とはされておらず、現地に標識がないことが本件処分の無効の問題を生ずることはない。

(三)  同項(三)(1)の事実は知らない。同項(三)(2)の事実は認める。同項(三)(3)の事実中、本件処分のなされたことは認めるがその余は否認する。

原告らは、本件処分がなされる直前において本件訴訟対象地域の土地の贈与を受け、太宰府町との問で水道施設に関する紛争を生じているもののようであるが、本件処分は、太宰府関連の諸遺跡に関する、大正時代からの保存措置の経過をふまえ、その延長として、昭和五四年から太宰府町教育委員会、福岡県教育委員会及び文化庁において準備の上、遺跡の保護の観点から行つた適法妥当な処分であり、原告と太宰府町との水道施設に関連する紛争とは全く関係ない。

(四)  同項(四)の事実は否認する。

本件各土地について、福岡県及び太宰府町の職員が特別史跡の追加指定を行わない旨表明したことはない。このことは、前述した追加指定作業の進め方からして明らかである。

(五)  同項(五)の事実は認める。本件処分の対象となつた土地の所有者は著しく多数で個別に通知し難い事情があつたから、被告は、昭和五六年三月一九日本件処分を太宰府町役場において掲示したものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一1請求原因1項の事実中、別紙物件目録3、4、及び6ないし18記載の各土地について、本件処分のなされたことは当事者間に争いがなく、うち4及び6の各土地についてはいずれもその全部が、うち3及び7ないし18記載の各土地についてはそれぞれの一部が本件処分の対象地域となつていることは〈証拠〉によりこれを認めることができる。

2同項の事実中、別紙物件目録5記載の土地については、本件全証拠によるも、その存在を認めるに足りる証拠はない。また、同目録1及び2記載の各土地については、〈証拠〉によれば、本件処分の対象地域外であると認められる。

3〈証拠〉によれば、別紙物件目録8記載の土地は、本訴提起後、原告森京子所有から同森照雄所有となつたことが認められ、〈証拠〉によれば、その余の土地の所有関係は原告ら主張のとおりであることが認められる。

二〈証拠〉によれば、本件各土地を含む大野城跡は、水城跡、基肄(椽)城跡と共に、古代都市大宰府の防禦施設の一つとして我が国の歴史上、学術上価値が高い記念物であつて、特に本件各土地周辺は、大野城と水城との接続部分に連らなる稜線を形造つており、文化財保護法七九条二項にいう特に重要な史跡であると認められる。

三そこで、原告ら主張の違法事由との関連において、本件処分の適法性について判断する。

1〈証拠〉を総合すれば、次の各事実を認めることができ右認定に反する証拠はない。

(一)  本件各土地(ただし、存在しない別紙物件目録5記載の土地を除く。以下同じ。)は、西日本不動産開発が、昭和四一年一〇月ごろ買い受けたものであるところ、同会社は、右買受に先立ち、福岡県教育庁社会教育課に問い合わせ、本件各土地が文化財の指定を受けていないことを確認した。

(二)  西日本不動産開発(担当者は芦刈。以下同じ。)は、本件各土地買受の二年後、県知事に対し本件各土地の開発申請をなしたところ、県より、文化財保護の観点から水城堤防の延長線と四王寺山を結ぶ稜線のみは残して欲しい旨の行政指導を受けたので、同社はこれに協力することとし、右稜線を残して本件各土地の開発を進めた。

(三)  本件各土地を含む一帯は、別紙物件目録4記載の土地を除きいずれも市街化区域内にあるが、もともと東方に向つて高くなる傾斜地だつたものであつて、西日本不動産開発による水城団地の開発完了後、最も高いところで団地から高さ三〇メートルの法面を含む小山として残存し、右法面部分は崖崩れのおそれがあり、防災管理費用がかかる。そこで西日本不動産開発は、右管理費用の負担を免れるためと、本件各土地は前記のように史跡指定が予想されることでもあるので、太宰府町に対し、本件各土地の贈与を申し入れていたが、太宰府町は、管理費の負担が大きいことを理由にこれを拒否してきた。

(四)  太宰府町から贈与の申入れを拒否されたので、西日本不動産開発は、その後、福岡県文化財保護課に対し、史跡指定の陳情をし、交渉を続けた。

(五)  一方、西日本不動産開発は、水城団地の造成完了に伴い昭和四六年三月三一日、太宰府町に対し、別紙物件目録2及び12ないし17記載の各土地上にある鋼板製高置水槽施設及び付属施設並びに同目録2及び12ないし16記載の各土地に埋設(一部は地上にある)された送管、配水管、泥吐管の給水設備を、水城団地に建築される住宅に対し太宰府町水道事業給水条例に基づく給水を行うとともに施設の維持管理を行う、との負担を付して贈与した。

(六)  原告らは、本件各土地を宅地造成するつもりで、昭和五四年一〇月ごろ、西日本不動産開発に対し、本件各土地を譲り受けたい旨申し入れた。

これに対し、西日本不動産開発は、県との間の前記交渉の事情を説明し、譲渡についての回答を留保するとともに県に対して原告らからの右申入の事実を伝えた。

(七)  西日本不動産開発は、昭和五五年一一月二七日ごろ、太宰府町史跡担当者の三池から、本件各土地は史跡指定の対象から除外されている旨聞き、指定区域の図面(甲第二四号証)の交付を受けた。

(八)  西日本不動産開発は、前記(七)の事実を原告らに伝え、原告らは、昭和五五年一二月、西日本不動産開発から、本件各土地を、防災工事を完全にし、もし災害が発生した場合には、原告らの負担において一切の損害を補償する旨約して贈与を受けた。

(九)  被告は、昭和五六年三月一九日付けで、別紙物件目録1及び2記載の各土地を除く本件各土地のすでに工事が施されて原形を失つている法面部分を除いた部分につき、特別史跡大野城跡(昭和七年文部省告示第一九一号及び昭和五一年文部省告示第一七二号)の指定地域として、追加指定をなした。

(一〇)太宰府町は、昭和五六年五月八日、原告田島らが、同町の別紙物件目録2及び12ないし17記載の各土地についての地上権を争い、右各土地上にある同町所有の水道供給設備の撤去を求めているとして、同原告らを被告として、地上権確認請求訴訟を、当庁に提起した。

2(一) 請求原因2(一)について

(1) 原告らは、本件処分は崖崩れのおそれ等のある法面は除き現実に宅地造成可能な部分は全て史跡指定することによつて、法面防災工事の危険負担のみ原告らに負わせ、原告らが本件各土地を宅地造成する利益を奪うことになり、著しい所有権侵害を伴うから、史跡等の指定につき関係者の所有権を侵害しないようにすべき旨規定した文化財保護法七〇条の二、ひいては財産権の保障を宣言する憲法二九条に違反し無効である旨主張する。

(2) ところで、被告は、文化財保護法七〇条の二の規定の性格について、史跡等の指定を行うに当たつて文部大臣の一般的心構えを述べたいわゆる訓示規定であつて同条違反から直接に違法・無効の問題を生ずるものでない旨反論する。

しかし、同条は、同法四条三項が政府及び地方公共団体に対し同法の運用全般について財産権の尊重を義務づけていることを受け、史跡名勝天然記念物の指定等は、特に憲法上保障された財産権を制限し土地所有権者等に不利益をもたらす面のあることを配慮して同項の規定を具体化したものと解されるところ、同項の前記のような立法趣旨に、異議申立制度のある現状変更に関する処分に同条が準用されていること(同法八〇条四項)を考え合わせれば、同条が、財産権の制限を伴う史跡等の指定につき、文部大臣に完全な自由裁量を認めたものとは解し難く、右指定の適法有効要件として所有権の不当な侵害に亘らないことを要するものとしていると解するのが相当である。

(3) 右の解釈を前提に検討するに、先ず、被告が本件各土地のうち、すでに原形をとどめなくなつた法面部分については指定地域から除外し、原形をとどめた保存状態の良好な部分のみにつき史跡指定したこと自体は、文化財保護の趣旨・目的に合致する措置ではあるが、工事の施された法面部分を含めて史跡指定されれば原告らが法面部分の管理責任を免れる可能性があるのに(文化財保護法七一条の二参照)、本件処分のように史跡指定が原形をとどめた部分についてのみなされるときは、それによつて事実上、右指定地内での原告らの開発利益を奪う一方、法面の管理責任のみを負わせることになつて、同法七〇条の二の規定に違反することになるのではないかと考える余地がないではない。

しかしながら、文化財保護法が八〇条五項において現状変更不許可の場合の損失補償規定を設けていることに照らせば、史跡指定による所有権の制限は、それが所有者として一般に受忍すべき限度を超え、さらに同項による損失補償によつてもまかなえないほどの著しい不利益を所有者に課すことになるときはじめて史跡指定処分そのものの違法無効を来たすことになるものと解される。

(4) 右の観点から本件処分について検討するに、前掲各証拠に弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。

ア 本件各土地は、高いところで三〇ないし三二メートルの高さを有する法面を含む小山で、右法面部分は崖崩れ等を起こす危険があり、なお防災費用がかかる可能性があることを原告らは承知のうえで、西日本不動産開発から贈与を受けたこと

イ 本件各土地はその大部分が市街化区域であるとはいえ、危険な法面部分が相当部分を占める細長い土地であり、住宅開発可能としてもその範囲は極く限られると推測されること

ウ 原告らは、本件各土地のうちすでに工事が施された法面より上の部分すなわちそこから高さ一五メートルある本件処分対象地につき宅地開発のつもりであるところ、法面を上つたところの奥には里道が残つているだけで平面はなく、右住宅地造成には相当大規模な擁壁工事(高さ三二メートル、長さ二〇〇メートル)が必要であり、一平方メートルあたり四万円位の費用がかかること

右のように、原告らの本件各土地の宅地開発には、危険防止のための工事費用の負担など相当な困難が予想されるうえ、宅地開発可能な地域は狭く限られており、これらの事情から推測される本件各土地開発によつて得られる利益に、前記認定のような本件各土地の文化財としての重要性を比較するときは、将来、史跡指定区域の現状変更について損失補償の問題が生ずる可能性は否定し難いけれども、本件処分は補償によつてもまかなえないほどの著しい不利益を原告らに課すものではないと認められる。

よつて請求原因2(一)は理由がない。

(二) 請求原因2(二)について

原告らは、本件処分は原告らの立会もなく行われ、また指定区域を示す境界標等も設置されていないので、どの範囲が指定区域なのか不明であるから無効である旨主張する。

本件処分につき原告らの立会のなかつたことは当事者間に争いがないが、〈証拠〉を総合すれば、本件処分は、すでに工事が施行された法面部分を除く原形を留めた部分に限り、その対象地域は、町保管の図面に表示されているとおり明らかであるから、内容特定のものと認めるを妨げない。

また、原告らは、本件処分の指定区域につき境界標等が設置されていないことを主張するが、文化財保護法が管理団体に対し文部省の定める基準により史跡等の管理に必要な標識、説明板、境界標、囲さくその他の設置を義務づけている(七二条一項)のは、史跡等が同法の趣旨に従つて保存、活用されるように適正に管理されるべきことを義務づけたものであつて、それ自体が史跡等指定の適法・有効要件であるとは解されないから、境界標等の設置されていないことを理由に本件処分を違法とする原告らの主張も失当である。

さらに、原告らは、本件処分について所有者の立会がなされなかつたことが後日の紛争の原因を作出することになり文化財保護法四条三項、六九条、七〇条の二等の法意に違反すると主張するが、前記認定のように本件処分が内容において特定性を満たしている以上、これによつて後日紛争が生じて所有者の財産権を脅かすことになるとも解されず、原告らのこの点に関する主張も失当である。

(三) 請求原因2(三)について

太宰府町が、本件処分のなされる約二箇月前である昭和五六年五月八日、原告ら主張のような訴を当庁に提起したことは当事者間に争いがない。

しかし、前記二で認定したように、本件各土地は太宰府関連史跡の一つとして重要な歴史的意義を有しているものであるところ、〈証拠〉によれば、本件処分は一連の太宰府関連史跡の指定に続くもので、大野城跡として本件各土地を含む広範な地域の一環をなしているものであり、特に、原告ら主張のような権限の濫用があつたものとは認められない。

(四) 請求原因2(四)について

原告らは、福岡県は本件各土地につき史跡指定しない旨言明していたのに被告はこれに反して本件処分をなした旨主張するが、右のような事実が本件処分の違法無効を来たす事由となるものとは解されないし、前記三1(七)認定の事実は認められるも、福岡県が原告ら主張の如き言明をしていたことを認めるに足りる証拠はないから、右主張も理由がない。

(五) 請求原因2(五)について

本件処分について被告から本件各土地の所有者である原告らに対し文化財保護法六九条三項の通知がなされなかつたことは当事者間に争いがない。

しかし、同法六九条四項によれば、同条三項の通知をなすべき相手方が著しく多数で個別に通知し難い事情のあるときは、文部大臣は右通知に代えてその通知すべき事項を当該特別史跡名称天然記念物所在地の市町村の事務所に掲示することができ、右掲示を始めた日から二週間を経過した時に前記通知が相手方に到着したものとみなされるところ、〈証拠〉を総合すれば本件処分については、同法六九条三項の通知をなすべき相手方が著しく多数で個別に通知し難い事情があつたものと推認され、〈証拠〉を総合すると、文部大臣は、昭和五六年三月一九日、本件処分について、右通知に代えて、太宰府町役場に掲示したものと認められる。

(六)  その他、本件処分については、特に違法の疑いをさしはさむべき事情も見当たらない。

四以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(麻上正信 橋本勝利 河野泰義)

物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例